ベーシックインカムへの賛成理由を三つ
小飼弾「働かざるもの、飢えるべからず。」を読んで - phaのニート日記
という記事がはてなブックマークにて注目を集めていたので、読んでみました。
関連する以下の記事も、前に読んだことはあるのですが、この機会にと再度読んでみました(掲載されてからそれなりに時期経っていますが)。
- 404 Blog Not Found:ベーシック・インカムに賛成するのに十分なたった一つの理由
- 「ベーシック・インカム」を支持します - 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」
- ベーシックインカムの話|堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」by Ameba
どれもベーシックインカムについての賛成記事です。
ベーシックインカムというのは国民全員に対して生活をするための最低限度の金額を支給する制度です。
つまり、国民は、働かなくても生きていける。
まあ、その場合はつつましやかな生活をしていかないといけないでしょうが。
正直、この問題について語る上で重要な財源云々のことはまったくわかりません。
一度始めてやっぱりダメでしたとなると反動がものすごい大きい制度なので、試算もかなり慎重にやらないといけないのでしょうね。
単純計算、一人に月3万円、年に36万円、国民を1億人だとしても、年に36兆円か……。
そこにさらに事務処理等のお金もかかるわけで……。
財源関係のことや雇用関係のことはもはや専門家の方々の分析に任せるしかないのですが、一般大衆の一人である私の意見としては賛成です。
ということで、以下、その賛成理由三つ。
1.働きたくない人たちと働かなくていい
働かなくても食べていける世の中になれば、働きたくない人は働かないですよね。
まあ、実際には最低限度の金額だけで満足できない人が多いでしょうから、それでも嫌々働くしかないとしても、多少目的意識は高まるはず。
これは嬉しい。
たとえば、嫌々仕事している人をA、働きたくて働いている人をBとします。
Aと一緒に働くのって、Bからすると、やりづらいですよね。
互いのモチベーションが噛み合わない。
どっちも損なわけですよ。
嫌々働くA、嫌々働く人と仕事することで楽しい仕事が嫌々になるBって、どっちも嫌々なわけですよ。
Bはどうせ仕事するならBとだけしたいはず。
あと、もう一点。
人間の作業効率はモチベーションにかなり左右されます。
Aがこなしている仕事を、Bはもっと短時間でこなせます。
Aがいなくなると、Bの一人一人に課される仕事量は増えるとしても、効率は増します。
さらに、Bの取り分が増える!!
まあ、取り分については、ベーシックインカムを導入すると高所得者の所得税も増すので、絶対的な金額で見ると必ずしも増さないでしょう。
でも、ベーシックインカムによって法的な正社員保護が今よりも弱くなれば成果主義を導入しやすくなるので、やりがいは増すんじゃないかな。
ベーシックインカムによって起業とかの行動も起こしやすくなるし。
2.夢を追える
世の中にある仕事というのは、お金に直結するものばかりじゃないです。
間接的には世間に貢献するけれど、すぐにはお金を生まない仕事がたくさんあります。
そんな仕事を目指している人たちの中には、食べていくために泣く泣く断念する方も多いでしょう。
生きていくために仕事する必要がなくなれば、その目標を追いやすくなりますよね。
特に芸術分野かな。
世間的には少年・少女に
「夢を追うのは無条件で素晴らしいこと」
みたいな価値観を押し付けているのに、いざ二十歳近くになると
「夢だけじゃ生きていけないんだよ」
って手の平を返す今の世の中(メディア?)が私は不快。
夢を追うのはただただ素晴らしいことだけだと言うなら、夢を追うだけで生きていける世の中を作っておかないといけないと思います。
それが無理なら最初から無理だと言っておくべき。
夢を追うことのメリットとデメリットをきちんと示しておくべき。
お金に対する執着がなくなるとお金に対する執着がある人に不当に搾取されそうでそれはちょっと恐いですが。
元々、お金に結びつかない夢を追う人はお金に対する優先度が低い気がするので。
3.価値観が変化する
「がんばることは偉いこと」
こんな価値観があります。
別にこの考えを否定する気はないです。
私だって身近な人たちの努力に触れる度にすごいなと思います。
でも、この価値観があまりにも過度で、がんばることが第一になっている気がするんです。
本来は
「目的があるからがんばる」
のが大事なわけですよね。
「目的があるからがんばれる」
わけです。
挫折しても乗り越えられるわけです。
「がんばることが大事だからがんばれる」
なんてことはないですよね。
(もしかしてそういう人もけっこういる?)
がんばることは手段のはずなのに、なんか結果みたいになっちゃっている気がする。
もしも
「がんばらないと生きていけない世の中だからがんばることを第一とせざるを得ない」
状況なのであれば、このベーシックインカムの導入によって、その部分が払拭されればいいなと。
がんばらないと成功できないケースがおそらく大半なので、がんばるのを第一とすることが完全に間違いとまでは思いません。
がんばったからいいや、やるだけやったからいいやという開き直りが大事なケースもあるでしょう。
でも、世間的にその風潮が強過ぎだろうと……。
努力を過度に評価しすぎると、正しい方向への努力を見つけ出そうとする気概が損なわれるとも思います。
「がんばったんだから認めてください」
はがんばった本人が言う言葉じゃなくて、周りの人が言ってあげる言葉ですよね。
がんばることが第一だとしてしまうと、がんばっていない人が成功するのをねたむ気持ちが生まれて、がんばった分だけの成果が得られないことを不満に思う。
(言い過ぎ?)
まとめ
実際にはこの制度はメリット、デメリットを比較して導入を安易に決めるものではなくて、もっと細かなバランスを見極めないといけないものなのだろうと思います。
「一億人いる日本人のXXXX人はさらに働き、○○○○人は働ことをやめ、無駄な雇用経費が□□□□円減り、結果として△△△△円だけの経済効果が見込める」
といった計算をいくつもいくつも重ねないといけないものなのだろうと。
社会の仕組みを大きく変える必要があるので、導入のためにどれだけの変化が訪れるのか考えるだけで、頭痛くなりそう……。
それでもこうして賛成理由を挙げてみたのは、まあ、これを読んだ人が社会について考える上での一つのきっかけになると嬉しいなと。
日本人の国民性を考えると、たとえこの制度が素晴らしいものだとしても、導入は難しそうだな……。
あと、この制度は言ってしまえば
「生活を完全に国に委ねる」
ことになるわけで、さらに言うと
「国が国民の生活を今以上に握れる」
んですよね。
もしも国が導入を決定したとして、私を含め国民は適切に運用されるかを監視しないといけない。
そのためには判断するための知識がそれ相応に必要でしょう。
国民の力が問われる。
できるか、私?