ボク2

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 ボクはどうして生きているのか、ずっと悩んできたんだ。だって、友達がいなくて、そもそも家を出ないから誰とも交流がなくて、いる意味がない。ずっとずっとずっと悩んできた。
 今日、やっとわかった。ボクの居場所はここじゃなかったんだ。本当のボクの居場所へと旅立つため、今日まで生きてきたんだ。ボクの居場所は、宇宙の別の星にある。別の星っていうのはおかしいかな。こことは違うところにある地球が、ボクの居場所だ。
 今日、夢を見た。違う、夢じゃない。夢っていうのは多分、寝ているときに頭を流れた想像のことだ。ボクが見たのは、受けたのはメッセージだから夢じゃない。メッセージが送られてきたのがたまたま寝ているときってだけだから、紛れも無い現実だ。
 なんで夢じゃないと断言できるのかって、この事実を知らない人は笑うかもな。笑いたければ勝手に笑えばいい。笑い返してやる。誰だって夢と現実の違いなんて説明できない。現実だと思っている方が夢で夢だと思っている方が現実かもしれない。みんな単純な感覚だけで判断している。ボクが受信したメッセージは、現実だ。学校に通っていた頃はくだらないことばかり話すってバカにされていた。でも、そんなボクだけれど、これは真実なんだ。
 興奮って、こういう心境を示すんだな。知らなかった。
 起きてから一時間、まだ心臓のバクバクが治まらない。
 ふとんを頭まで被ったって、なにも落ち着かない。
 まさか本当に地球がもう一つあるなんて、嘘みたいだ。この星から逃げられるのならって腐るほどたくさん考えてきたけれど、現実になるなんて、過去のボクに教えてあげたい。長年苦しんできた。外に出られなくなって、家にいるからって苦しみから逃げられるわけじゃなくて、辛かった。胸が痛い。思い出したくない。
「地球はもう一つあるんだよ」
 眠っているボクに優しい言葉が届いた。穏やかな女性の声で「こっちにおいでよ」聞こえた。
 起きたとき、ボクは泣いていた。嬉し涙が創作上だけのものじゃないって、初めて知った。
 これまでずっと、おかしいと思っていたんだ。世界の偉い人たちがこの地球を汚してばかりいること、疑問だったんだ。どんな政策もどんな行事も、ムダな工事をしてムダな建物を造って、ムダな交通を生む。まるで地球を汚すことが目的であるかのようだって思っていた。温暖化対策って叫びながら、電力消費が激しくなるとわかっていてITを推進する。排気ガスを規制しながら、自動車産業が売りだって自慢げに言う。変な話だらけで、ボクは混乱していた。もう一つ地球があるからこの地球を汚してもいいんだって考えれば、疑問は解決する。
 ここがダメになっても、代わりがある。
 偉い人たちはどこからかもう一つの地球の情報を入手していたんだ。
 もしかしたら普通の国民たちの多くも知っているのかもしれない。車を好きなだけ走らせて、ゴミを好きなだけ出して、地球を汚し放題だ。
 地球の視点で見れば、他の人よりボクの方がずっと優しい。部屋に閉じこもって、交通機関をまったく利用していない。出すゴミの量も少なめだ。
 ボクは地球に優しくて、人間に優しくない。
 人間の視点で見ると、ボクなんて、いてもいなくても同じ存在だ。
 ボクがこの部屋から突然消えたとしても、誰の気持ちにもなんの変化もない。
 地球の視点で見たって、ボクはいない方がいい。他の人に比べて地球に優しいとしても、ゴミをまったく出していないわけじゃない。地球を汚してはいる。
 地球を汚さない人間なんていない。地球に優しいだけじゃここにいる意味がない。
 人間に優しくないと意味がない。
 ボクは、誰とも接していない。
 ボク以外の人間は全員、地球がもう一つあることをすでに知っていたのかもしれない。ボクだけが仲間外れなのかな。
 ボクは、孤独だ。
 捨て猫だって同じ境遇の捨て猫と出会えば孤独じゃなくなる。ボクが孤独じゃなくなる方法は、この部屋にいる限り、ない。
 別にいいんだ。どうせすぐ、この星からいなくなるんだから。
 ボクはボクの居場所へと飛ぶ。
 二つ目の地球があることは誰もが知っているとしても、二つ目の地球に移動する手段はボクしか知らないはずだ。もしも知っているなら、汚れきったこの星にいるはずがない。
 目を閉じてもう一つの地球を強く望みながらゆっくりと百数える、それだけでこの星から脱出できる。メッセージがそう教えてくれた。今のボクの日々に存在しない温かい声で、呟いてくれた。
 この地球よ、さようなら。
 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、三十、三十一、三十二、三十三、三十四、三十五、三十六、三十七、三十八、三十九、四十、四十一、四十二、四十三、四十四、四十五、四十六、四十七、四十八、四十九、五十、五十一、五十二、五十三、五十四、五十五、階段を上る足音が聞こえる。部屋へと近づいてくる。
 ドアが二回、弱々しくノックされる。
「お昼ご飯できたわよ」
 母さんがドアの向こうから言う。いつも通り、どことなく怯えた声だ。
「いらねえよ」
 ボクはふとんの中から怒鳴る。
 いいところだったのに、どうしてジャマするんだ。
「食べたいときに勝手に食べるよ。捨てな」
 ボクはさらに声を張り上げる。
「ごめんなさい」
 母さんのか細い声がはっきりと聞こえる。
 そんな声、しないでくれ。
 ボクはもう一つの地球に行ったとしても、この声を思い出すのかな。この星でのことを、思い出すのかな。
 足音が遠ざかっていく。
 涙が、出てきた。
 ふとんの中の暗闇が、涙でゆがむ。
 みんなもしかしたらもう一つの地球への移動方法を知っているのかもしれない。でも、この星が好きだから移動しない。ボクだけがこの星を嫌っているのかもしれない。
 ボクだけでいいじゃないか。
 ボクはもう一つの地球へと移り住む。そうすればここにいる誰とも会わなくなるんだ。どうせ今も会っていないけれど、今も誰とも無関係だけれど、もっと完璧な無関係になるんだ。
 完璧な無関係は、過去を綺麗に忘れさせてくれるかな。
 ゼロからのスタートを切らせてくれるかな。
 もう一つの地球はどんなところかな。もう一つの地球の景色、メッセージが少しだけ見せてくれた。多分、東京のようだった。ボクの知っている新宿とよく似ていた。もしかして、同じだったかもしれない。
 新宿、どんな街になっただろう。五年以上行っていない。昔は通学のために毎日行った。ゲームセンターで楽しんで虚しくなって、時々トイレで吐いた。たった五年、たいして変わっていないかな。五年あれば、全然違う街になっているかな。五年間、ボクは変わった。五年間、世界はどれだけ変わっただろう。
 ボクにとってこの星は、少し大きすぎるんだ。
 どんな星でも、この星じゃなければそれでいい。ボクはただ、ここじゃない場所へ行きたい。
 ここじゃないところ、そう、ここじゃないところ。
「ここじゃないところに行きたいんだ」
 昔、ボクは言った。誰に対して言ったんだろう。友達だったかな。先生だったかな。思い出せない。いつのことだろう。思い出したくない。あの頃もやっぱり孤独を感じていて、でも、周りに人がいた。人がいてくれた。
「じゃあ、引っ越せば」
 誰かがそんなボクに言った。
「引っ越しぐらいじゃ意味がないんだよ」
 ボクは答えた。
 引っ越しぐらいじゃ意味がないなら、どこまで行けば意味があるんだろう。家を出ればそれで今のボクにとってはここじゃないところ。家を出たぐらいでなにか変わるのかな。家を出たぐらいじゃ変わらない。でも、試してみないとわからない。試す勇気なんてない。ふとんを出ることさえ、したくない。
 他の星に行けば、それは絶対にここじゃないところのはずだ。家を出るより簡単に、行ける。
 ここじゃないところに行きたい、ずっとそう願ってきた。その願いが、今、叶う。なによりも強く望み、なによりも遠かった夢が、叶うんだ。
 もう一つの地球に行って、ボクはどう過ごすだろう。
 虹がどこから伸びているのかを探し回った子ども時代のように、クリアな気持ちのボクがいるはずだ。あの頃のボクは、周りの目なんて気にしなかった。自分が自分でいることに対して素直だった。
 一、二、三、四、五、六、七、八、きゅう、じゅう、十一、十二、十三、じゅうよん、じゅうご、じゅうろく、じゅうなな、十八、十九、二十、二十いち、にじゅう二、二十さん、にじゅうよん、二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、さんじゅう、さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん、さんじゅうよん、さんじゅうご、さんじゅうろく、さんじゅうなな、さんじゅうはち、さんじゅうきゅう、もう一つの地球に行って、ボクはどこにいるだろう。
 そこがこの地球とまったく同じ星なら、この日本と同じ日本があって、この家と同じ家があって、この部屋と同じ部屋がある。今のボクがふとんを被って震えるこの部屋が、ある。
 ボクはやっぱりその部屋の中にひきこもるんじゃないか。
 もう一つの地球に行く意味、なんだろう。
「悔しかったらまずは家の外に出てみろよ」
 昔、誰かがボクに言った。誰だろう。ボクだ。ボクがボクに言ったんだ。
「家の外に出てもどうにもならないよ」
 ボクはボクに言った。
「そんなこと出てみないとわからないだろう」
 ボクはボクに言った。
 ボクはボクの声から耳をふさいで、そして、ふさぎ続けて今だ。
 もう一つの地球にもボクはいるのかな。もう一つの地球のボクはなにをしているだろう。やっぱり同じように部屋に閉じこもって、やっぱり同じようにこの地球にいるボクのことを考えているのかな。
 人に嫌われるのは嫌だ。一人で生きていきたくない。
 自分に嫌われるのも嫌だ。ボクと一番長くいるのはボクなんだから。
 ここにいる限り、人にもボクにも、嫌われる。
「悔しかったらまずは家の外に出てみろよ」
 ボクがボクに言い放つ。
 ボクは死ぬまでボクだ。
 階段を上る足音が聞こえる。母さんの足音だ。
 また来てくれたんだな。
 足音が部屋の前で止まる。
 静かだ。
 静けさが胸に痛い。
 ドアが二回、力なくノックされる。
「ご飯、本当に食べないの」
 さっきよりさらに怯えた声で尋ねてくる。
 ボクはふとんから顔を出す。
 眩しい。