過去を今に

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 2003年6月28日10時47分59秒

 7時半ぐらいに目が覚めた。せっかくの土曜だからもっと眠りたいと思って、でも、二度寝できなかった。なんか眠れなかった。眠れないからなにかしようと思って、けど、起き上がることもできなかった。どっちつかず。ふとんの中でしばらくぼうっとしていた。今日見た夢のことを考えた。老人ホームの夢だ。老人ホーム内では老人たちに様々な特権が与えられている。建物の外では1000円の雑誌が100円で売られている。ずる賢い老人たちはそのことを利用してお金儲けしていた。
 わたしは将来どんなおばあさんになるのだろうって想像した。おばあさんになるまで生きられる保障なんてどこにもないし、それに、なれたとしても寂しく過ごしているだろう。
 あおむけのまま目の前で両手を握って、みっつ数えてから開いた。からっぽだった手を開くとき、そこになにかあることを期待した。あるわけない。あるわけがないと最初からわかっていて、それなのに期待もして、わたしはバカだ。
 無謀な期待をするのは悲しいことなのか、それとも、夢があるってことなのか。よくわからない。昔のわたしになら、わかったのかな。
 9時頃、やっと起きた。
 1階のトイレに行って、部屋に戻って、またふとんに寝転がった。
 世間のわたし以外の19歳女子大生は休みになにをしているんだろうって考えた。涙が出そうになった。少し出た。
 外が雨だということに初めて気づいた。シャーペンの芯みたいに細い雨だ。出かけたくないって思った。どうせ出かけるつもりなんてないことに気づいた。明日の日曜は雨でもいいから学校に行く月曜は晴れてほしいと願う。
 寝転がったままで雨をぼうっと眺めていた。雨がなくなれば人類は滅亡するんだなって考えた。スルメのように干からびる。人間はやっぱり自然には勝てない。機械にも勝てない。過去にも勝てない。人間が勝てるものってなんだろう。
 生きているイカにスルメを見せたならどんな気持ちになるのだろうと考えた。また涙がこぼれた。
 10時20分ぐらい、今日二度目のトイレに行きたくなった。部屋から出た。
 トイレに行って戻るとき、若菜お姉ちゃんの部屋のドアが開いていた。通り過ぎればいいのに、中を覗いてしまった。わたしはやっぱりバカだ。
 散らかった部屋の中、くすんだパジャマ姿で机に向かって写真を見つめていた。泣いていた。どうせ山吹さんの写真だろう。
 本当に不幸な女性だ。
 若菜お姉ちゃんは部屋にこもってばかりいる。若菜お姉ちゃんの姿を見たの、いつ以来だろう。3ヵ月振りぐらいかな。3ヵ月前も泣いていた。起きているときも寝ているときも24時間泣いているのかもしれない。
 若菜お姉ちゃんを見ると、わたしを見ている気持ちにさせられる。
 わたしは部屋に戻って日記を書き始めた。そして今だ。
 こんな早い時間から日記を書いている人って、わたしの他にいないかもな。
 若菜お姉ちゃんみたいには絶対になりたくないんだ。
 幼稚園に通っていた頃、恐い映画を見た夜、お母さんの手を握って眠った。「このまま100年手を握っていればお母さんと一人の人間になれるかな」みたいなことを考えた。でも、次の日の朝、お母さんは先に起きて朝食の支度をしている。わたしの手はふとんを強く握っている。ずっと手をつないでいるなんて不可能なんだ。誰かと一人になんてなれない。誰だって一人で生まれて一人で死んでいく。ありがちな表現だけど、真実だ。今日いる人が明日もいるなんてルールは世界のどこにもない。
 昔、山吹さんといるとき、若菜お姉ちゃんはとても幸せそうだった。わたしといるときよりずっと幸せそうで、少し、悔しかった。
 山吹さんはかっこよくて優しくて、そんなすてきな彼氏がいる若菜お姉ちゃんが羨ましかった。嫉妬もした。
 わたしは若菜お姉ちゃんにそっくりだって言われて育った。確かにわたしと若菜お姉ちゃんの同じ年齢のときの写真を比べると、かなり似ている。わたしは若菜お姉ちゃんより8歳下で、だから、8年後にわたしが25歳になったとき同じように最高の恋人ができるって信じていた。25歳まではけっこう遠いけど、待ってもいいって思えるぐらい、理想のカップルだった。
 今のわたしと今の若菜お姉ちゃんを比べることはできない。
 山吹さんは毎週末やってきた。若菜お姉ちゃんと出かけたり、そのままお茶を飲んでいったり。両親公認の二人で、将来は結婚するものだと思っていた。
 わたしは嫉妬しながらも、早く結婚してもっと幸せになってほしいとも願っていた。そうすればかっこよくて優しい山吹さんがわたしのお兄ちゃんになる。それになにより、若菜お姉ちゃんの最高の笑顔が見たい。
 ある日、山吹さんは家に来なくなった。どうしてか理由は知らない。若菜お姉ちゃんは捨てられたのかな。山吹さんが生きているのか死んでいるのかもわからない。理由を話してくれない。わたしも聞こうとしない。理由なんてどうでもいいんだ。若菜お姉ちゃんが不幸になった、その事実だけが重要だ。
 わたしは若菜お姉ちゃんに似ている。若菜お姉ちゃんみたいにはなりたくない。
 山吹さんがいなくなって、悲しみに打ちのめされ、ずっと内にこもるようになった。お父さんとお母さんが叱って外に出せばいい。あまりにかわいそうで誰もなにも言えない。若菜お姉ちゃんはもう2年間も家から出ていない。部屋にいたって悲しみはどこにも行かないのに。外の世界には出会いがあるかもしれない。家の中にいても誰とも出会えない。この先、死ぬまで外を拒むつもりなのかな。
 若菜お姉ちゃんの頭の中は幸せだった頃の思い出だらけなんだろうな。
 当時、山吹さんに対してのグチをわたしに話すこともあった。山吹さんだって完璧な人間じゃない。ちょっとマジメすぎてガンコだとか、時々よれよれのシャツを着るとか、不満そうにわたしに話していた。多分それは、のろけじゃなかった。でも、今の若菜お姉ちゃんは、山吹さんの嫌なところなんてもう全部忘れちゃったんだろう。過去は卑怯なぐらいに美化される。
 あの頃の若菜お姉ちゃんの幸せそうな表情が今もわたしの頭の中にある。辛いぐらいに幸せな笑顔だ。これも美化されているのかな。
 もしかすると若菜お姉ちゃんは幸せ者なのかもしれない。今は苦しんでいても、過去は幸せだった。すごく苦しんでいるのは、すごく幸せだった証拠だ。人生トータルで見れば、幸せ者なのかもしれない。けど、わたしは若菜お姉ちゃんみたいにはなりたくない。
 だからこうして日記を書く。毎日何時間も日記を書く。休みはいつも日記を書いていない時間よりも書いている時間の方が長い。
 過去を美化させたくない。
 過去をそのままの姿で今に残したい。
 若菜お姉ちゃんは美しい過去に縛られて、悲しい人になった。きっと、タンスを開けるときや天井に目を向けるとき、そこに山吹さんがいることを期待する。いるわけがないのに、希望にすがる。わたしはそんな人間になりたくない。
 だから日記を書くのをやめちゃいけない。苦しくてもやめちゃダメだ。
 将来、就職活動で履歴書を書くとき、趣味の欄は日記かな。こんな楽しくない趣味、ありかな。本来は趣味についてとかを書くのが日記で、それなのにわたしは日記を書くこと以外なにもしていなくて、日記を書くことを日記に書いて、日記を書くことが日記に書く内容で、なんだか合わせ鏡みたいだ。時々、なにをしているのか意味不明になる。
 普通の女子大生は日記に恋のこととかを書くんだろうな。
 常盤君、今頃、なにしているかな。恋人いるのかな。楽しいデート中ならどうしよう。どうしようもない。今わたしが日記を書いているなんて考えないだろう。わたしのことなんて考えないかな。しょせんただのクラスメイトだ。二人で出かけたことすらない。
 日記の話を相談したなら、どんな反応を示すだろう。優しい言葉をかけてきてくれるだろうな。常盤君は優しい。勉強もできて、しっかりしている。
 相談したい。
 相談する必要なんてない。ただのクラスメイトだ。常盤君にとってのわたしも、わたしにとっての常盤君も。そう、クラスメイトでしかないんだ。気にする理由なんてない。背は高くないし、顔も普通だし、同じ服を週に2回着ていたりするし、たまにボロボロのスニーカーを履いてくるし、勉強はできても実習は苦手だったりするし、悪いところがたくさんある。優しいけど、完璧じゃない。そうだ、気にする理由はない。
 山吹さんも優しかった。優しかったのに、いなくなった今も若菜お姉ちゃんを苦しめている。
 優しかった山吹さんが憎い。

 昼食にしようかな。


 2003年6月28日14時57分9秒

 昼食はヤキソバにした。味は普通。ソースが少なすぎたかもしれない。
 なんだか時々、日記を書くために食事している気分になる。日記を書くために生きているような感じがする。考えすぎかな。
 気持ちがうまく整理できない。
 整理してから日記を書くべきなのか、整理するために日記を書くのか、過去を美化しない目的のためなら嘘を書いても許されるのか、わたしを許すのはわたし以外の誰なのか、未来のわたしが過去のわたしを許すのか、過去を美化してしまうような記憶力の乏しい生き物である人間に過去を許す権利なんてあるのか。
 さっき、これまでの日記を読み返してみた。
 日記に書かれているのが真実だと思えないわたしがいる。6年経てば真実だと思えるのかな。真実だと思えるからって、それが真実だというわけじゃない。真実だと思えさえすれば真実である必要なんてないのかな。
 若菜お姉ちゃんは日記を読み返して、どんな気持ちになるんだろう。
 昼食の後、また若菜お姉ちゃんの部屋のドアが開いていた。無人だった。浴室で誰かシャワーを浴びていたから、それが若菜お姉ちゃんだったんだろう。
 シャワーで流すのは汚れなのか涙なのかって考えた。
 部屋に入った。散らかっているから掃除してあげたくなったんだ。昔のきれい好きだった若菜お姉ちゃんは、今はもういない。
 勝手に掃除したとして若菜お姉ちゃんがどんな態度を見せるかはわからない。わたしは今の若菜お姉ちゃんのことをなにも知らない。おはようを言ったならどんな顔をするのか、目を合わせたならどんな顔をするのか、想像ができない。昔はわかった。今のわたしたちは他人同士よりもずっと遠い。
 掃除しようかどうか迷っていて、ふと机の上を見た。ノートが置かれていた。
 ノートの表紙には「日記その5」って書かれていた。
 見ちゃいけないって一瞬思った。次の瞬間には開いていた。読んだりしてごめんなさい。若菜お姉ちゃんの気持ちが知りたかったんだ。それは若菜お姉ちゃんのためかもしれない。わたしのためかもしれない。
 山吹さんと交際していた頃の日記だった。山吹さんがいなくなる半年前の日付だ。
 見慣れた角のない文字で山吹さんへの不満が色々と書かれていた。
 若菜お姉ちゃんも過去を残していたんだ。それでも、今、苦しんでいる。
 なんか、わたしの中にある様々な気持ちがこんがらがった。
 若菜お姉ちゃんの日記を読まなければ、こんなことにはならなかった。それほど迷わず日記を書き続けられただろう。なんだか、内面の全部が空中分解した感じだ。
 これまでも分解していたのかな。
 わたしは日記を書くことで若菜お姉ちゃんみたいな苦しみを避けようとした。若菜お姉ちゃんは、日記を書いていたけど、苦しんでいる。
 日記を書いたところで過去は美化されるってことなのかもしれない。若菜お姉ちゃんは決して過去を美化したりなんてしていないのかもしれない。そもそも山吹さんとは関係のない理由で外に出られなくなったのかもしれない。若菜お姉ちゃんは悲しんでいるなんて一言も口にしていない。お母さんが、山吹さんと会えなくなって悲しんでいるんだと思う、そんなことを言っていただけだ。
 わたしのわからないこと、知りたいことの大半は多分、若菜お姉ちゃんが知っている。でも、日記を読み続ける気にはなれなかった。山吹さんがいなくなった理由までは読まなかった。それだけは勝手に知っちゃいけない。
 知りたいなら若菜お姉ちゃんから直接聞けばいいんだ。どうしてそんな悲しい顔をしているのって、質問すればいい。今は無理だとしても、いつかきっと。
 日記を読んで、若菜お姉ちゃんの気持ちに触れた。本当に久々に触れた。
 会話、もうずっとしていない。このままじゃ若菜お姉ちゃん、言葉を失ってしまう。
 おはようって言ったなら、おはようって答えてくれるかな。一度じゃ無理でも、何回も繰り返せば答えてくれるかな。
 常盤君にもおはようってちゃんと言おう。間違いなく笑顔で、おはようを返してくれる。
 過去を今にするため、わたしは日記を書き始めた。
 もうずっと、未来を見ていない。未来を今に持ってくるにはどうすればいいだろう。
 日記を書くの、やめようかな。