二十二世紀

二十二世紀

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 二十一世紀が訪れたときのことは、今でもかなり記憶に残っている。
 当時のボクは十九歳で、哲学科に通う大学一年生だった。ナルシシズムやサディズムやマゾヒズム、相対性原理、さらには東西線のダイヤや県庁所在地について、少しでも興味が湧いた事柄に対しては積極的に知識を深め、友人たちと議論を重ねた。そんな時間はとても充実していて、また、そんな自分は人と比べて優秀だと勘違いしていた。女性と夜通し遊んだり、スポーツサークルで友達を作ったり、ブランド品の買い漁り目的で海外旅行したりといった他人の過ごし方を見下していた。周りからすればけっこう痛い人間だったかもしれない。今になって振り返れば、申し訳ないぐらいに視野が狭かった。視野が広ければ得られたものがある。視野が広ければ失わなかったものもある。でも、視野が狭いからこそ得られたものがあることも確かだ。視野の狭いボクと一緒にいることを望む少数の友人たちがいた。掛け替えのない財産だ。彼らの存在を思うだけで、自分の幸せを疑わなくて済む。
 二十一世紀が訪れたとき、ボクや友人たちはひどくがっかりした。目に映る景色、耳に入ってくる世間の話題、そのどれをとってもボクらが子どもの頃とさほど違いがない。SF小説や漫画の中で描かれた二十一世紀は、実際に二十一世紀を迎えたとき、遠い創作のままだった。車には依然として四つのタイヤがあり、世間を賑わす人型ロボットはいびつな動きを見せる。
 自分たちの目の前にある世界は事実で、しかし、真実として受け止めることはなかなかできなかった。
 本当の意味での知識や思考力があればそこまでがっかりすることはなかったのだろう。普通に考えれば、創作通りにならないことぐらい、子どもでもわかる。
 いや、ボクらだって、創作上の二十一世紀が訪れると心の底から信じてはいなかった。二十一世紀という言葉の響きに酔っていたんだ。二十世紀から二十一世紀への境目をビッグイベントとしてとらえていた。
 しばらく経ち、大学二年生になる直前には、ボクらの興味は次の世紀へと移っていた。
 二十一世紀の始まりは平凡だった。ならば、二十二世紀の始まりはどうだろう。二十二世紀こそは夢のような世界が待っているんじゃないか。自然界における大抵の謎を科学が解き明かした未来だ。そこはきっと、創作の世界を超える驚きに埋め尽くされている。二千一年に暮らす人間の空想がなにもかも現実へと変わっている。
 ボクらは百年後に訪れる二十二世紀について、教室で、飲み屋で、夜の公園で語り合った。
 そんなある日、友人の一人が言った。
「オレたちって、二十二世紀は迎えられないんだよな」
 ボクは激しく動揺した。
 彼の発言に動揺する要素は微塵もないはずだ。二十二世紀が訪れるとき、ボクらは百十九歳になっている。そこまで生きられる者なんて、世界のどこにもいないかもしれない。
 この心と身体が二十二世紀に到達する可能性は、限りなくゼロに近い。
「そんなことわからないだろう。医学だって進歩してるだろうしさ」
 ボクは言った。
 自分に言い聞かせるように口にした。
 ボクらが想像する二十二世紀は希望に満ち溢れている。今のボクらの想像を鼻で笑い飛ばすような新しき常識だらけの世界のはずだ。でも、それでもなぜだか、人の命が有限であることは変わりないだろうと思っていた。
 ボクらは必ず死ぬ。二十二世紀を迎えることなく、いなくなる。二十三世紀も二十四世紀もこの目で見ることはできない。そんな当然のことにボクは初めて気づいた。もちろんそれまでも人が死ぬということを知ってはいた。テレビを点ければ悲しいニュースばかりで、親戚の葬儀に参列したこともあるし、死生論について語っている本はいくらでも存在する。知っているだけだった。恥ずかしい話だが向かい合ったことはなかった。
 同じ年齢で同じ立場の仲が良い友人の口から語られた死は、それまでの死についての情報とは違い、実感を突きつけてきた。
 ボクらが楽しく議論している二十二世紀に自分がいない、その事実は、当時のボクには重すぎた。
 ボクの経験するすべては、ボクの想像するすべては、ボクの死と同時に容易に消える。生物の中で人間だけが特別なんてことはありえない。
 どれだけあがいても知ることのできない未来がある。
 一度向かい合ってしまった以上、無視して生きてはいけない。ボクは不器用な人間だ。死についてひたすらに考えた。友人たちと話す時間を削り、なくし、死の受け入れ方を悩み続けた。悩んだ時間の分だけ答えに近づくわけではない。時間に比例して答えから遠ざかっていく。一人暮らしのアパートで、ただ死という単語に追い回されて過ごした。眠るとそのまま死んでしまいそうで、不眠に陥る。やがて学校にまったく行けなくなり、実家に連れ戻された。
「あんたバカじゃないの」
 温厚な母親が泣いて叫んだ。
 ボクも泣いた。自分がバカだということはわかる。どうすればバカじゃなくなれるのかがわからない。どうしてバカになったのかがわからない。
 同じ集団のボク以外の者たちはしっかり大学に通い続けていた。ボクだけが落ちこぼれた。劣等感が天井知らずに積み重なっていく。
 誰と話しても心が軽くなりはしない。「後世に多くを残すことが今を生きる者の義務」「いつか死ぬからこそ全力で生きないといけない」「自分が苦しんでいるとき、身近な人たちはそのことでもっと苦しんでいる」どんな正論もボクの心には届かなかった。
 家から出られない。トイレに行くために部屋から出ることすら困難だ。
 泣いていない時間より泣いている時間の方が長かった。
 ある日、外の空気に触れれば少しは気持ちが楽になるかもしれないと、母親がボクの部屋の窓を開けた。真っ青な空から、静かな風が吹いてきた。しかし、ボクの気持ちは楽になりはしない。母親の優しさに応えられない状況が、また絶望を抱かせる。
 二十二世紀どころか、二秒後には自分が消えていそうで、震えた。どうせ死ぬなら今死んでも同じと思いながら、やはり死は恐い。
 辛い時期だった。
 あれからもう、約百年が経ったんだ。
 今日、二千百一年一月一日、二十二世紀が訪れた。本当にあっけなくやってきた。
 到達できないと決めつけていた時代に、百十九歳のボクはいる。
 ボクらが強く待ち望んだ二十二世紀だ。
 百年前の想像と比べて、どうだろう。
 国の数は分裂によって増え、合併によって減り、今では百六十九になった。パソコン、冷蔵庫、ポットといった電気製品の区分がなくなった。もはや電気製品という言葉そのものが死語だ。バスで海外に行けるようになり、でも、都道府県を越えるためにも手続きが求められる。地震が起きても家は揺れない。百年前に温暖化の原因とされていた大半がただのこじつけでしかないと判明した。日本では高校までが義務教育となり、大学が六年制を基本とするようになり、政治は二院制から三院制になった。子どもを産むのは自由でも、子どもを育てるためには免許が必要だ。日本史の授業の近代分野では有名な文学作家と同じぐらい、有名な漫画家が紹介される。安全が増え、けれど、危険が減ったかというとそうでもない。
 国外も国内も、多くが変わった。でも、月への旅行は今でも一般庶民には手が届かないぐらいに高額で、本という紙媒体は残り愛され、傘を差しても服は濡れるし、大事なことは会って伝えるべきとされ、ひ孫たちに聞くと絵の具の金色はやっぱり特別なものみたいだ。
 百年前の想像とはかなり違う。でも、がっかりなんてしていない。
 ボク自身はどう変わっただろう。
 老人になったなら自分をワシと呼ぶと思っていた。けれど、実際にはワシなんて言葉は使わない。人前ではわたしと呼び、頭の中では未だにボクを使っている。
 身体の衰えはさすがにものすごい。もう歩くことすらできない。でも、二十代の頃の苦しみが嘘のように、穏やかに暮らしている。あれだけ情けなかった自分を棚に上げ、年下の者たちに偉そうなことを言ったりするときもある。そんなときは少し自己嫌悪が起こりながらも、これが老人の役目なのだとある程度は割り切れる。
 あの頃は本当に苦しかった。普通の生活へと抜け出すまでに十年近くかかった。十年近くかかったけれど、抜け出せた。優しさの力だ。なにもかもを投げ出したボクを、母親や友人たちは投げ出さなかった。
 当時のボクに教えてあげたい。苦しむ必要なんてないんだと、君は一人じゃないんだと、優しく伝えてあげたい。
 伝えることはできない。二十二世紀を迎えた今も、タイムマシンはまだ完成していない。タイムマシンが不可能だということがはっきりしてしまった。
 たとえ昔に戻れるとしても、ボクはボクになにも言わないだろう。
 苦しんだからこそ、今のボクがいる。
 苦しみから多くを学んだボクがいる。
 妻とも結ばれた。
 今のボクに昔のボクの気持ちはわからない。こうして振り返っている苦しみと実際の苦しみとの間には大きな隔たりがあるはずだ。伝えたい言葉を伝えたところで、他人の言葉にしかならない。
 今のボクを昔のボクに見せてあげたいというこの気持ちは大切にとっておこう。昔のボクを思うことは、今の時代の若者たちを思うことだ。だからこうして、筆をとることにした。今の気持ちを残すことにした。他人の言葉にしかならないことはわかっている。
 他人の言葉として拒んでいた周囲の優しさが、ボクを立ち直らせてくれた。
 当時、二十二世紀を迎えることはできないと決めつけていた。でも、健康に恵まれ、愛に恵まれ、この歳まで生きることができた。
 二十三世紀を迎えることはさすがに無理だろう。けれど、もしかしたら、できるかもしれない。未来のことなんて誰にもわからない。
 未来を見つめるのが恐くなったなら、少し振り返ってみればいい。
 振り返ることの重要さが、今のボクにはわかる。

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